指の運動置鍼と鍼の「響き」と慢性痛。

運動置鍼という方法がある。鍼を刺した状態で患者さんに動いてもらう、または施術者が動かすという方法だ。鍼が深部に入ってくる過程で、「ずーーん」といういわゆる「響き」なる感覚が得られることがある。これは、皮膚と筋をつなぐファシアや深部にある侵害受容器に鍼が触れる事で起きる反応だ。侵害受容器が興奮することで軸索反射が起きて血流が良くなると共に、脳内オピオイドホルモンの分泌により痛みを抑制する働きが起きる。

症状にもよるのだがこの「響き」がなければ正直なところ鍼の効果は薄い。というのも、ただ単に鍼が人体の組織と組織の間を通過しただけで良くも悪くも刺激を感じないのだ。特に鍼の刺激に慣れている方や、強い感覚が好きな方は物足りなく感じるし、鍼治療を受けている実感があることすら危うい。

今、どこに鍼が刺さっていて、どの深さで、どのあたりに、どのような刺激が加わっているかを強く認知することで治療効果が格段に上がる場合もあるのだ。とくに慢性的な痛みに関しては。

痛みが楽になるメカニズムの一つに、「治ろうとすることを自らが諦めた」という現象がある。

これは腱板損傷などで見られる現象だ。通常、腱が部分もしくは完全断裂すると断裂を起こしたところは自然治癒しない。全くしないわけでもないが部位と構造上、自然には治りにくい。当然、組織を痛めたら最初は痛い。なぜならば、それこそが「炎症」という方法を用いて治そうという働きが起こっているからだ。ところが、ある日突然痛みが楽になる場合がある。組織の修復が完了した証拠ならばいいが、断裂を起こした部分は治っていないのに炎症が治まってしまっているというケースがある。ここで重要なのが、痛くないからと言って通常通り動かしていいわけではないという事だ。

無理をして動かせば悪化してしまう。本来10の力が使える部位に損傷が起き、7の力しか使えなくなった。痛みが治まったから10まで回復したと思いきや8まで回復するのが限界でそれを知らずに9の力を使うと1の負担が残る。それが長い事続くことで慢性痛になる。人に依っては低気圧や寒冷、疲労で症状が起きるようになる。それを加齢によるものだと思って納得してしまう。運動器の何らかの慢性症状をお持ちの方はこのケースが多い。

そのような慢性痛、特に「治す事を諦めてしまった」損傷組織があり、結果的に「痛みに慣れてしまった」方に対しては、もう一度局所に対しての刺激が必要になる。要は、痛んだ細胞に刺激を与えて、「ここまだ痛んでますよ」と脳に指令を送るのだ。そのカギとなるのが鍼の「響き」だったりする。

それも、鍼灸師が施術により響かせるのではなく、鍼が刺さっている状態で患者様自身に動いて鍼の響きを感じて頂く。その方がより深い位置に刺激が加わる。そして患者様自らがまるで鍼灸師のように鍼の響きを味わいながら患部に当たるように試行錯誤するのだ。鍼を刺す場所、鍼の長さ、動きの注意点、これらをしっかり管理すれば決して危険な鍼法ではない。

特に母指の運動置鍼においては、鍼を刺して患者様自身に動かしてもらうことも出来るが、施術者が母指を他動的に動かすことも出来る。指の慢性的な痛みや違和感をお持ちの方は多い。そして痛みがあっても日々の生活において動かさざるをえない部位でもある。そのような中で、既存の物理療法や運動療法、薬物療法があまり効果的ではなかった方は一度鍼治療をお勧めする。それも、鍼を刺した状態で「響き」を味わう「運動療置鍼」を。