「三池 輝久 著書 子供の夜更かし脳への影響」は、お子さんと関わる方々は一度読んでおいたほうが良いだろう。三池さんは小児専門医及び小児神経科専門医で、30年に渡って子供の睡眠障害の臨床及び調査・研究活動に力を注いでこられた方だ。
この本は、睡眠不足が子供の学力低下のみならず、場合によってはQOLを著しく下げてしまうという事を、睡眠にまつわる臨床、研究、様々なデータなどから論じられている本だ。
まず第一に、日本人の平均睡眠時間は先進諸国と比べて短い。このことは以前、睡眠を取り扱ったブログにて書いた事がある。日本人の睡眠時間が短いというのは、少し前の日本社会において「寝る間を惜しんで働け」的な根性論がまかり通っていたことからもなんとなく解る。しかし驚くべきことに、成人のみならず日本は、赤ちゃん、子供の睡眠時間までも同様に短い傾向にあるのだ。
NHK放送文化研究所の2010年度・三歳以下の子供の一日の平均睡眠時間の国際比較によると、日本人は11.6時間くらいで一番少ない事が解る。一番多いのはニュージーランドで13.3時間くらいだ。
なぜ睡眠時間が少なくなるのか?その理由の一つに「夜更かし」があると、三池さんは記している。
2004年度・パンパース赤ちゃん研究所による、赤ちゃんが寝る時間の国際比較によると、日本人の赤ちゃんの46.7%が22時以降に寝ている事が明らかになっている。フランス、ドイツ、イギリス、スェーデンの赤ちゃんたちの多くは19時~22時までの間に寝ているのに…。
そして、年齢が上がれば上がる程、寝る時間は遅くなっていき、睡眠時間も必然的に短くなっていく。
夜更かしと貧血。
保育園、小学校、中学校などへ行きたくないという子供たちの理由の一つに「行くと疲れるから」という答えがある。なぜ疲れるのか?それは器質的な疾患を抜きにして考えれば、「夜更し」のせいといえる。夜更かしをするせいで、日中の体力と集中力、忍耐力、理解力が劣り、体力低下、運動力低下、学力低下にもつながっている事は容易に想像ができる。
平成24年に文部科学省が小学6年生と中学3年生を対象に行った全国学力・学習状況調査によると、毎日同じくらいの時間に寝ている生徒の方が、そうでない生徒と比べると総じて学力が高い傾向にある事がわかっている。
睡眠習慣の違いで学力に差が生まれる背景には「食」も大きく関係している。朝食を毎日食べれる子供は、そうでない子供と比べて学力が高い事が明らかになっている。
東海大学体育学部の小澤治夫教授は、小、中、高生1万4447人を対象とした調査で、学習意欲低下、成績低下、授業中の居眠りなどが続く学生は「鉄分」が少ない貧血傾向であること、そして、男子31.7%、女子47.7%が貧血であることを突き止めた。
貧血を起こしている子供は朝食を食べていない子供に多く、栄養素も必要量の8割程度しかとれていない状態だったのだ。
ここまでをまとめると、夜更かしして朝起きられない→寝坊して朝食を食べる時間がない→起き抜けで食欲がない→栄養が足りない→体調が悪くなる→学業にも影響がでる。というような形となる。
つまり、睡眠と覚醒の生活リズムが不規則だとすべてが狂ってくるという事だといっても過言ではない。
この睡眠と覚醒の生活リズムはとてもとても重要で、一度狂ってしまうとそこから不登校になってしまったり、発達障害の症状が悪化したり、起立性調節障害もしくは起立性調節障害様症状が重症化する場合もある。簡単にいうと「生活リズムの崩れ」だけで、まともに学校に行けなくなる可能性があるのだ。「生活リズムの崩れ」は絶対に甘く見てはいけない。
夜更かし、遅寝をしていると体内時計が夜遅い方へとシフトしていき、寝つきの悪さが起こり睡眠欠乏状態になる。睡眠欠乏の状態になると睡眠により保たれている脳のシナプスや神経細胞の働き(情報処理能力)が低下してしまう。
中枢神経系の事でいうと、東北メディカル・メガバンク機構の瀧靖之教授らの研究でこのようなものがある。5歳~18歳までの290名の子共と平日の睡眠時間の関係を調べたもので、睡眠時間が長い子はそうでない子に比べて海馬(記憶を司る部位)が大きいという事が解った。具体的にいうと、海馬の中でも灰白質という重要な神経細胞が多数存在するところだ。ここは、成人になっても唯一細胞分裂を繰り返す部分で、新しい事を学習して記憶する領域だ。アルツハイマー病やうつ病とも関係が示唆されている部分でもある。
概日リズムについて。
先程、生活リズムの崩れは甘く見てはいけないと上述したが、生活リズムの崩れにより日常生活に支障をきたす病気のことを「概日リズム睡眠障害」という。概日リズムとは、地球が自転で一回転する24時間を基盤にして、朝になると目を覚まし、夜になると眠くなる体内時計が刻むリズムの事だ。
我々人間の体内にある時計機構が支障をきたして概日リズムが狂ってしまうと、24時間を1サイクルとする明暗の地球時間と個人の時計との歯車がかみ合わなくなって、様々な健康上、発達上の問題が生じてしまう。
さてこの概日リズムだが、実は生き物によって概日リズムは少し異なる。例えばネズミは一日を23時間で刻む。人間はというと、24.2~24.5時間なのだ。そう、人は生まれながらにして24時間12分~30分ある概日リズムを地球の自転である24時間に日々調整しながら生きてきたのだ。加えて言うと、地球時計よりも概日リズムが長いという事は多かれ少なかれ、人は入眠時間が少し遅い方にズレやすい性質を持っているということだ。つまり、多くの人が実は早寝よりも遅寝の方が得意なのだ。
地球の自転よりも長い、24時間12分~30分の概日リズムを持つ我々人類が地球上でうまく生きていくためには、自分の概日リズムを地球時間である24時間に毎日リセットしなくてはならない。そのもっとも有効な方法が「朝の強い日の光を浴びる」事と「規則正しい食生活を送る」事だ。
体内時計の最高中枢は、脳の視床下部にある視交叉上核だ。視交叉上核は3つの生体リズムを制御している。
1 睡眠ー覚醒リズム
2 ホルモンの分泌
3 体温調節
朝、目が覚めて日の光を浴びる。→視交叉上核が作動する。→副腎皮へホルモンを出すよう命令する。→副腎皮質からコルチゾールが分泌される。※糖新生、タンパク質合成、ストレス緩和などの働き。→脳内からもβエンドルフィンが出る。※快をもたらす神経伝達物質。コルチゾールとβエンドルフィンが出ていないと、シャキっとしないしやる気もでない。この二つが出ないと朝ご飯を食べる、勉強する、運動する、会話を楽しむなどのやる気、元気などの意欲が湧いてこない。
夕方になり家に帰る頃、適度な疲労を感じる→休息の時間が来たことを知らせる合図→視床下部から松果体へ命令。→松果体からメラトニン分泌。※メラトニンは夕方から分泌され始めて夜中にピークを迎える。メラトニンは「夜の訪れ」を教える、すなわち睡眠を促すホルモンでもある。
体温は、朝は低いがだんだん上がってきて活動に適した温度になる。夕方をピークに夜中にかけてだんだん下がっていく。脳が冷えると眠くなる。
まとめると概日リズムには、視床下部、副腎皮質、松果体の3つが関係していてとても大切なのだ。①朝元気になるホルモン。②夜を知らせるホルモン。③一日の体温調整。この3つが肝要となる。
休日の「寝だめ」も実は脳時計を狂わすきっかけとなる。
例えば平日は6時間寝て、休日は8時間寝ているとしよう。日によって睡眠時間に90分以上の差が出来てしまうと普段より多く寝た日の夜にまた遅寝が始まり、翌週からの睡眠ー覚醒リズムが狂うようになるからだ。
睡眠について。
なぜ生き物は睡眠が必要なのか。
これに関してはまだまだ研究の余地があるそうで、完璧に正確な事はまだ解らないそうだ。
ただ、睡眠は単なる身体の休息ではなく、神経回路網の保護、保守にあてられているのではないかという考え方がある。2004年に発表されたアメリカのジョセフ・A・ギャリー博士らは論文の中で、脳機能維持に関する睡眠の役割を3つ述べている。
1 昼に活動した神経伝達物質(シナプスが運ぶ情報)をシナプス小胞(神経伝達物質を蓄える場所)に戻して翌日も元気に働けるようにする。
2 ミトコンドリアが神経細胞の先端から内側に移動して複製される。疲れたミトコンドリアを休ませエネルギー補給をする。
3 神経伝達物質の過不足などのアンバランスが起こらないように調整する。
概日リズムが乱れ、夜更かしによる睡眠不足、その状態で日中を過ごすと、脳のオーバーワーク・睡眠欠乏状態となる。睡眠欠乏の状態では、脳のシナプスや神経伝達物質のメンテナンス、エネルギーチャージが不足していく。補修が充分に行われなかったシナプスや神経伝達物質たちは次第に活力を落とし、神経細胞達が必要とする情報をうまく運べなくなる。それは、神経細胞達が求める情報量に対して自分のキャパシティーが足りていないという状態に陥るからだ。シナプスや神経伝達物質たちに言わせれば「もっと元気に働くには、量、質、リズム、時間帯共に良好な睡眠が必要だ」ということになる。と三池さんは書いている。
情報処理能力を維持できないほどの頑張りと睡眠欠乏があまりにも長く続くと脳自身が「もう無理です。これ以上の負荷は受け入れられない」と判断して働きを制限してしまう。これは脳が「自身の能力を最大限に生かす方向」に向けていた力を、「自己防衛に向けた瞬間」なのだ。そうなると脳は、まるで周囲からの刺激を完全にシャットアウトするように自分の殻にこもってしまう。長期間にわたって短眠を続けると、このような脳の自己防衛のための過剰睡眠に陥る場合がある。
フクロウ症候群。
朝起きられず、夕方から元気になるという昼夜逆転から身体に支障をきたすことを三池さんは、「フクロウ症候群」と名付けた。フクロウ症候群と時差ボケには決定的な違いがあると三池さんはいう。
短期的な時差ボケの場合は単に「睡眠ー覚醒リズム」がずれているだけで、「ホルモン分泌」と「体温調整」は健康な人と同じように刻まれる。この時に予防策を講じれば1週間でだいたい戻る。
しかし、フクロウ症候群に陥ると、上述した視床下部、松果体、副腎皮質の三つの生体リズムがかみ合わなくなり、その状態が長期間持続してしまう事になる。
まとめ。
まとめとして言える事はシンプルに、「一日の睡眠サイクルは何が何でも守った方がいい」という事だ。ほんのちいさな出来事がきっかで、ある日睡眠サイクルが崩れて、次の日が辛くなり、一週間が崩れ、一カ月が辛く、やがて将来的に大きく生活に支障が出る危険性がある。
例えば、夜中や変な時間に知人からLINEや電話がきたとしよう。この場合、僕ならば絶対に応じない。無視する。その後、然るべき日中に返す。あくまで自分マターで考えるのだ。これで次の日、「なんで出ないんだ」とか「なぜ返答しない」と言われても関係ない。非常識な時間に好き勝手に連絡をしてきた相手に対して、いくら先輩だろうが上司だろうがこちらが答える義務はない。自分の睡眠サイクルを守る事が、明日の最高のコンディションとパフォーマンスに繋がる。ひいては、他人に迷惑をかけないことに繋がり、そしてなによりその連絡を送ってきた人間に最高のパフォーマンスで答える事が出来るのでむしろ、そっちの方が相手思いではないか。
多感な時期の学生さんは「夜更かし」や「睡眠不足」に繋がる誘惑が多い。ラインなどのメッセージのやり取りもその一つだ。睡眠時間や勉強時間を減らしてでも受け答えをするのは、集団への帰属意識からくるものだろう。確かに、いま自分が所属しているコミュニティが世の全てだと思う事も理解できるし、なんとしてでも村八分にされるわけにいかないと思う気持ちもわかる。でも、現代は「個」の時代でもある。己を磨く事が何より大切だ。仲間より優れた部分を見つけてそれに磨きをかける事に、自分の事に時間を使うべきだと思う。
自分を鍛えて磨き上げるにはまず、十分な睡眠と、「地球」に合わせた最適な概日リズムを絶対に崩さない事だ。
他の生物と比べて我々人類は大脳、その中でも前頭葉が発達しすぎていて、余計な事を考えすぎる傾向にある。「空気を読む」とか、「素早いメールの返し」などよりも、根底として我々は、24時間周期設定になっている「地球に住まわせてもらっているイチ生物である」という事を再認識せねばならない。その設定、すなわち地球のルールは、あなたが属する小さなコミュニティのルールよりもプライオリティが高く、そして壮大であることはあなたも解るだろう。
何人たりとも、人の睡眠周期、概日リズムをみだりに崩してはならない。