脳とスマホと本能。

脳とスマホの関係に言及した書籍で面白い物があったので紹介する。

「アンディシュ・ハンセン著 スマホ脳 新潮新書」この本は、2021年上半期ベストセラーになったもので、スマホが脳に与える影響を医学、脳科学、社会学、人類学などの側面から論じている本だ。

「スマホ」とは言わずもがなスマートフォンの略称だ。成人では一日平均4時間、若者は4~5時間、さらに若者の2割は一日に7時間もスマホを使っているという。結論から言うと、スマホなんてものは使わない方が良い。もし使うとしたら1日1時間以内に意地でも留めるべきだ。

著者はスウェーデンの精神科医だ。文明の発展と共に精神を病んでいる人は多くなり、スウェーデンでは大人の9人に1人が抗うつ剤を服用している。そして、同様の統計が様々な国でも見られているらしい。

文明が発展し食料自給率や生産性もあがり、世界的に豊かになってきているはずなのに、なぜ精神が蝕まれる人がどんどん増えているのか?精神、脳とスマホにはどのような関係があるのかを書いていく。

まず大きなところとしては、スマホは報酬系に関わる側坐核に働きかけてドーパミンを分泌させる。大脳基底核の一部に「側坐核」という部位があり、ここからA10神経を通じてドーパミンという神経伝達物質が脳の様々な箇所に行き届き反応をおこすのだ。

報酬系は「何かが満たされそう」とか、「この次はどうなるのか気になる」とか、「先を見たい、知りたい」というような意欲を掻き立てそこに集中するための脳の反応だ。緻密な計画を立てて仕事で成果を挙げた時や、意中の異性を射止めた時などに活性化されるなど、うまくいくかどうか保証がないけどなんらかのプロセスを経て嬉しい結果が出た時にそのご褒美として活性化する脳の働きのため「快楽報酬系」とも呼ばれる。

この報酬系とドーパミンだが、線虫のような極めて小さい生き物にも備わってる事が解っている。ではなぜこのようなシステムが我々人類、はたまた小さな虫にまで備わっているのか?それは「生きる」ために他ならない。もう少しで餌に辿り着きそう!という時に、線虫のドーパミンは最高潮に達するという事が以前ドーパミンを扱ったNHKの番組で放送されていた。

ではスマホとドーパミンがどう関係するのかだが、基本的には「通知」にドーパミンは反応する。例えばラインやメールなどのメッセージ着信を知らせる通知、なんらかのアプリの新着情報やお得情報の通知、SNSへの「いいね」、「コメント」の新着通知など。これらの「通知」が届きその音声とバイブレーションが鳴動した時、人は気になって気になってしょうがなくなるのだ。

「通知」以外にも、デジタルスクリーンを通じて様々なメディア閲覧時に出るバナー広告やYouTubeのおすすめ動画などもドーパミンが同様に反応する仕掛けとなっている。就寝前、YouTubeで1本だけ動画を見たら寝る、と決めたはずが、気づいたらもう何本も見てしまって、計画通りに睡眠時間が確保できず疲労を残して朝を迎えるという経験をした人もいるだろう。

今すぐ「通知」を確かめたくて、見たくて見たくてしょうがない。次にいつ「通知」が来るか気になる。それゆえにスマホを片時も離せない。仮にスマホが現在、離れたところにあり「通知」の鳴動がトリガーにならなかったとしても「今、何か通知が、着信が来てるかもしれない!」という報酬予測が働き、気になって気になって仕事どころではないし、そのような人はどんなことをしてでも通知を確認しにいくだろう。

ここまでくるともはや「中毒」なのである。「闇金ウシジマくん 真鍋 昌平 著」という漫画によく出てくる、ギャンブル依存者や、薬物中毒者と何ら変わりはない…といったらちょっと語弊があるかもしれないが、それに近い物があるのは確かだ。現に、Facebookの「いいね」機能を開発したジャスティン・ローゼンスタインは、スマホへの依存性はヘロインに匹敵すると言う…。

なぜ人は「通知」やバナー広告、おすすめ動画などが気になって気になってしょうがないのか?それは、人類の「危機意識」に基づいている。

今から数万年前、人類が狩猟採集をしていた時代、人々は毎日未曽有の危機と様々なストレスにさらされていた。飢餓、疫病、怪我、動物との死闘、自然災害、明日の食料の確保、他部族や隣人の奇襲や襲撃など。「人類皆兄弟」なんてのは綺麗ごとで、原始時代は結構エグかったらしい。現在、左側頭部に陥没骨折の痕がある当時の遺骨が多数見つかっているそうだ…。この意味が解るだろうか?右利きの人間に、角材かなにかで頭部を正面からフルスイングされたという事だ。

よって、原始時代を生きるには常に「危機意識」をもって、どんな些細な事でも「情報」が必要だった。多くの「情報」を持っている人の方がそうでない人に比べて、危険を回避して生き残る確率が高まる。その習慣と「学び」を我々の先祖は遺伝子レベルに落とし込み、後世への教訓とした。

現代では動物と死闘せずとも安定して肉が食べられるし、「今日、誰かに殺される」というリスクは限りなくゼロに近い。それでも我々が「通知」や「バナー広告」、「関連動画」についつい注意を奪われてしまうのは、「危機回避」のため、様々なものに注意を分散させて情報を得ようとする本能が強制的に働いてしまうからだ。「ためになりそう」とか、「知らないよりは知っておきたい」とか、「とりあえずこれは安全なものかどうか確認しよう」など、少しでも生存確率が上がりそうなものは見ないよりは見た方がいいという本能によるバイアスがかかっていてそれに抗えないのだ。

「別に自分は知識を得ようと思ってYouTubeを見ているわけではない。あくまで娯楽として、お笑いやゲームの実況などの動画を見ているだけだ」という人もいるだろうが、それすらも「生き残るための情報摂取」として脳は本能的に働いている結果となる。そして、それをやり続けると、不安症、学力低下、理解力低下、集中力低下などを招くことに繋がる。

以前、「スマホが学力を破壊する 川島隆太著」という本の紹介で、スマホやゲーム、テレビ、ライン等の使用時間と学力の反比例や、マルチタスクが集中力と能力低下を招くということはブログで書いた。その時に書いたかどうか忘れたが、スマホに手を触れなくても、机の上に置いてあるだけで試験の成績が下がる。なぜならば、「気になってしょうがない」からだ。ポケットの中にいれて見えないようにしていても、試験の成績は下がる。何かに集中したい時、スマホは絶対に手が届かず視認もできない隣の部屋においておくのが一番よい。

スマホ使用に関してはこんな話もある。ある言葉を調べようとした際、辞書を手に取り調べた場合と、スマホで検索して調べた場合だと、理解力と記憶の持続力に違いがあるそうだ。案の定、後者の方がパフォーマンスが悪い。「確かに」と思う節が自分にもある。僕は日々の生活で、ためになる健康情報を見つけた時にTwitterでつぶやく事がある。ツイート時にはいつも、能動的に理性脳を働かせているつもりなのだが、自分が投稿した内容は正直あまりよく覚えていない。本を読んで勉強した内容はある程度覚えていて、何も見ずとも説明できるが、Twitterにて投稿した内容は、スマホを見なければ説明できない。

今日の「天気」のように、瞬間的に知りたい内容ならばsiriに聞けばいいだろう。siriに関しては、ハンズフリーで知りたい情報が簡単に手に入るため、その場だけの知識が知りたいならば素晴らしい機能といえる。だが、しっかりと理解して頭に入れるというプロセスを踏まなければならない「学習」に関しては、アナログ式が一番よいということなのだろう。

スマホやゲームを長時間行うと前頭葉の働きが弱まる。前頭葉は物事を理性的に判断したり理解したりする部位だ。ここが弱る事で学力や理解力が低下するのは想像に容易い。

「脳科学は性格を変えられるか? エレーヌ・フォックス著」というプラス思考、マイナス思考の本の紹介でも書いたが、前頭葉にある前頭前野は、恐怖の中枢である偏桃体の興奮を抑制する働きがある。その前頭葉、前頭前野の活動が抑えられてしまうと必然的に不安に支配されやすくなる。

「恐怖」に通じる現代の「危機」に関してはこのような形もある。例えば、自身で開設しているYouTubeやInstagramなどのSNSにて、批判的なコメントがきた時、低評価がついた時、それが別のSNSで拡散された時、メッセージのやり取りで齟齬が生じて相手に嫌われた時、Facebookなどの投稿にて自分がとても苦しい時期に、友人のブルジョワジーな投稿をみてしまった時、自分が一生かかっても手に入れられないものや生活をしている人の投稿を見て自分と比べてしまった時、これら「嫉妬」、「ねたみ」、「怒り」、「悲しみ」、「絶望」などの感情は「恐怖」に結びつく。この「負」の感情を上手くコントロールできないと総じてストレスになり、体調にも影響を与える。SNSの普及により、余計な「格差」という情報を自ら進んで得摂取しその結果、落ち込んで自滅する人間が多くなった事は確かだ。

さらに悪いのが、Amazon、Facebook、Instagram、Twitter、LINE、Netflix、ネットゲームやアプリなど、あらゆるITサービスは「これら媒体を通じてユーザーの脳に働きかけ、常に気になって気になって、見たくて見たくてしょうがなくさせる仕組み」を研究し、意図的にサービスに組み込んで我々一般ユーザーにほぼ無料で使わせている事にある。なぜか?ディープステートによる世界征服の為?いいや、別にこれは陰謀論でもなんでもない。答えは、ユーザーの注意を引きつけてそこに広告を載せ、その広告主から報酬を得る事が一番儲かるから。それだけだ。

Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズは、家のデジタルスクリーンに関してはかなり厳密に管理しているそうで、子供には絶対にリビング以外ではスマホの使用を許さなかったそうだ。Microsoftの創業者であるビル・ゲイツは、娘が14歳になるまでスマホを与えなかったらしい。IT関連事業のトップや役員、エンジニアは恐らく全て解っている。その上で、全世界の「迷える子羊」達をターゲットにしている。さらに言えば、そのエンジニアや役員でさえ、自身の子供からスマホを取り上げるのに大変な苦労をしたそうだ。

要は、昨今のデジタル文明の成長速度に、人類の理解と進化は追い付けていない。簡単にいうと「使いこなせていない」ということだ。

これらの事をよくよく解った上で我々は賢く生きなければならない。