時を超えた「フラッシュバック」と脳の情報処理。

脳の中で恐怖を感じる部位は「偏桃体」だ。強烈な恐怖の感情は記憶と結びつく。記憶を司る脳の部位は「海馬」だ。偏桃体も海馬も大脳辺縁系という脳の中でも中心部の深い所に属している。

道を歩いていて急に車が出てきたとか、転びそうになったとかで無意識に体がびくっと動く瞬間がある。それは脳の「島皮質」が関与している。「皮質」という言葉が付くため、この島皮質は、大脳辺縁を覆っている大きな大脳皮質の一部である。上記のような反射で体が一瞬びくっと動くような場合、今、自分の身体のどの部位が動いたのか、そして何が起きたのかを認知して意識化するのが島皮質の役割だ。その時に受け取った視覚や聴覚、触覚、はたまた内臓感覚などの情報が島皮質から脳の各部位に伝達されて、そこで初めて体の「今」の状態が意識となり認識することができる。…ということが最近、研究で明らかになってきたらしい。

以前書いた内受容感覚とも、この「島皮質」は関係しているようで感情の認知にも影響を与えているらしい。

参考文献→NEWTON別冊「脳科学で解き明かす、ストレスと脳の取り扱い説明書」

より。

島皮質の役割は多く、かなり深いのでまた別の項にて改めて書いていきたいと思う。

先程、記憶に関わる脳の部位は「海馬」だと書いた。海馬には視覚、触覚、嗅覚、味覚などあらゆる感覚に関わる電気信号が入力されている。そして、受け取ったそれらの情報が睡眠中などに再現、処理されて大事な記憶などは大脳皮質という膨大な容量のあるスペースに保存される。

恐怖の記憶、トラウマとフラッシュバックに関する脳の領域は大きく分けて3つ。

①理性脳(内側前頭皮質)脳の中に入ってくる様々な情報を意識的に観察、予測して行動を決定するような、人間の理性を司る。

②哺乳類脳(大脳辺縁系)哺乳類としての脳であり、情動脳。6歳までに構成されてその後も発達を続ける。情動にまつわる記憶などを参照し理性脳に情報を伝える。

③爬虫類脳(脳幹)呼吸、瞳孔の調節、血圧の調節など、生命の維持に関係している。

大脳辺縁系にある偏桃体は、入力された情報の危険度などを判断する火災報知器のようなもの。例えば目の前に煙が出ているとして、その煙が害のあるものなのかただの水蒸気なのかを素早く判断する。内側前頭前皮質は大脳辺縁系で判断したことを元に、すぐ立ち去ったほうがいいのか、とどまっていても問題ないのかなど、とるべき行動について判断する。

通常の情報処理はハイロードといって、感覚→視床→偏桃体→海馬→帯状皮質→内側前頭前皮質という流れとなる。受け取った感覚の危険度を鑑みて、過去の記憶と結びつけて、今の状況に則した判断ののちの理性的な何らかの意思決定、行動が行われる。

一方、危険で驚異的な状況においては、ローロードという情報伝達の仕方を取る。

これは、視床→偏桃体→内側前頭前皮質という流れとなる。ショートカットして理性脳にてすぐに決断するというルートだ。これにより、すぐに戦うとか逃げるなどの判断ができる。

しかしこのローロードは、感覚情報を伝達する際に海馬や帯状皮質を経由していないため、ローロードが働いた時の感覚情報を脳が正常に理解、処理、記憶することができない。そのため、聴覚、視覚、嗅覚などの感覚情報は過去の経験や現在の状況などと関連性を持てず、ばらばらに記憶されてしまう。

それにより、過去に似たちょっとしたきっかけやシチュエーションが起こる事で、その当時の感覚が急に脳で活性化されることになる。視覚であれば当時の映像、聴覚であれば当時の音、皮膚感覚であれば当時の体の感覚が生々しく思い起こされる。これに自律神経も連動して脈拍や呼吸なども乱れ、不安定になる人もいる。これをいわゆる「フラッシュバック」という。

上記の通り、きちんとしたプロセスを踏んで感覚情報が記憶されていないので、現在と過去は違うのに、きっかけとなる感覚が入力された瞬間に脳は、それが過去とは全く関係ない現在のことと認識できず、過去の感覚情報を受け止めた時の状態に戻ってしまうのだ。

フラッシュバックでトラウマ体験を思い出している時の人間の脳は、左脳よりも右脳の方が活性化している。偏桃体の活性化、視覚野の増加が起きると同時に、ブローカ野(運動性言語中枢)の活動の著しい低下もみられるそうだ。すなわち、フラッシュバック中は理性的で論理的な思考よりも、当時の情動と体験により味わった身体の感覚などの情動脳の方が優先される。

さらに、視覚的な記憶が活性化されやすいので脳内でトラウマ体験の映像が繰り返し流れ、その一方でその記憶についての脳の言語変換機能は低下しているためうまく言葉で表現と認識ができず、時間の感覚を創り出す背外側前頭前皮質の機能低下、感覚器官からの選択的情報取り込み機能も停止状態となる。

そのため、脅威を感じた過去と、脅威が過ぎ去った安全な現在との区別ができず、周囲の感覚情報をフィルターなく脳内に取り込むために刺激が多すぎて、それにより必要以上に危険を感じたりセンシティブになってしまうのだ。

参考文献

トラウマと脳の関係 – カウンセリングつくば (as-iam-counseling-tkb.net)

フラッシュバックの実例をいくつか紹介しよう。

①幼児期にブルーハワイ色のシャーベットを食べて嘔吐した経験がある。→数十年経ってから偶然、当時と同じようなブルーハワイ色のシャツを着た人を街で見た。→一瞬気持ちが悪くなる。

②幼児期に関わった性格のきつい成人女性が付けていたサンローランの香水と同じ匂いを成人後に人込みですれ違いざまに嗅いだ。→胸くそ悪くなる。

③学生時代、誇りとやりがいを持ってアルバイトをしていた時に職場でいつも流れていた安らぎの室内BGMを数十年後、偶然どこかで聴いた。→安心感や心地よさ、胸の高鳴りのようなものを感じる。

①は、ブルーハワイ色のシャーベットを食べたわけではなく、見ただけで吐き気がしている。②は現在、脅威となる人物が目の前にいるわけでもなく、仮にいたとしても当時と違って経験も豊富でいくらでも対処できるのに当時と同じ匂いを嗅いだだけで嫌な気持ちになっている。いずれにしても、ブルーハワイ色のシャツを着た人も、サンローランの香水をつけた通行人にも罪はない(笑)そこに脅威はないのに、勝手に脳が過去と現在を混同して、偏桃体などの情動脳とリンクさせて反応しているから厄介なものだ。

でも、③の場合はよいフラッシュバックといえるのではないか。

何かの刺激がきっかけとなって、幸せな過去の記憶が鮮明に蘇るという経験は皆もあるだろう。誕生会とか、試合で勝ったとか、美味しい物を食べた、欲しかったものを買ってもらったなどの記憶だ。そのような「良いフラッシュバック」も確実に存在する。

「悪いフラッシュバック」を回避する一つの手段としては「今と過去は違う」「今ここに脅威はない」という単純な二つの事を何度も何度も脳に教えていく事が大切だと思う。いくらフラッシュバック中は時間を超えて、理論よりも情動が優先されてしまうといっても、諦めずに脳に対する働きかけをすることには意味があると思う。

脳の偏桃体が属する大脳辺縁系は、子供と同じだという事を聞いたことがある。ざっくりいうと大脳辺縁系は基本、「快」か「不快」かを本能で判断するのでわがままなのだ。嫌なものは嫌というスタンス。これに対して理性脳がそれを抑えて、行動と我慢のメリットデメリットを判断して一番よい決断をしている。なので、そのわがままで子供な辺縁系に対して、「これは大丈夫なんだよ」と何度も何度も教えていく事が肝要だ。

脳は、自分が作り笑いをしているのか本気で笑っているのかその判別ができないそうで、両方とも「笑っている」と捉えるそうだ。それと同じように理性脳(本人)が理詰めで「大丈夫だ」と納得できて情動脳(辺縁系)に何度も何度も働きかければ、本能的に大丈夫なのだろうと納得してくれて、過剰なフラッシュバックが和らぐ可能性はあるのではないか。まあ、このあたりは「認知行動療法」など臨床心理士や認定心理士、精神科医の領域だ。本当にフラッシュバックやトラウマで日常生活に支障が出るくらい困っている方は一度カウンセリングを受けて見るとよい。

上記のフラッシュバックの例でブルーハワイ色のシャーベットの事を書いたが、なんの脅威もないのに金輪際「ブルーハワイ色」を無条件で避け続ける人生は、もったいない(笑)