ポリヴェーガル理論。仮死状態に関わる第三の自律神経と「不適切な関り」

ポリヴェーガル理論とは多重迷走神経理論といって自律神経を①腹側迷走神経、②交感神経、③背側迷走神経の3つに分けるという、1996年にステファン・W・ポージェス博士が発表した理論だ。

自律神経は通常、緊張状態の交感神経とリラックスの副交感神経の二つから成っている。この二つが日々、バランスよく切り替わる事で人間は健康を維持できるという考え方が一般的だ。交感神経は緊張状態の神経で身体に悪い悪者扱いされることもあるが、何もストレス時や戦いの時だけしか交感神経が優位になるわけではい。よく晴れた高気圧時や朝には交感神経が優位になり活動に適した状態になる。サウナの後の水風呂の時も交感神経は優位になろう。交感神経が常に優位になっていると自律神経が乱れて体調を崩す。でもそれは副交感神経が過剰に優位になってもそれはそれで自律神経が乱れて体調を崩す。バランスが大切なのだ。と、ここまでが一般的な自律神経の考え方だ。

ポリヴェーガル理論では、まず①腹側迷走神経が優位になっている状態が一番好ましいとされる。いうならば腹側迷走神経は「社交性、友愛」の神経だ。社会生活を営む上で他者に対して思いやりを持ち、対人関係におけるトラブルを避けて良好な関係を築くための神経だ。対人関係がうまくいっていれば、身体も心も傷つくことはないし、自律神経がかき乱されることもない。それが長く続いていれば体調を崩すことも少なくなるであろう。

しかし、そうはいっても学校や職場、通りすがりなどで、嫌な奴やわけのわからない危険な人間はいる。こちらに非がなくても、因縁をつけてきたり、嫌な態度を取ったりしてくる奴はどの世界でもいるだろう。この場合、②交感神経が優位になる。これはポリヴェーガル理論においても、従来の自律神経と同じ交感神経だ。なぜ、嫌な奴と関わった時に交感神経が優位になるかというと、単純に相手を「敵」と認識しているからだ。交感神経は人間が生まれて備わった自律神経の中でも二番めに発達した古い神経とされる。交感神経は目の前の敵と「戦って制圧して無力化する」か、それとも全速力で「逃げる」ための最適な状態となるいわばスーパーモードなのだ。なので、もしあなたが嫌な上司に嫌味を言われた時にドキドキしたり、顔が上気したりするのは目の前の人間を「敵」とみなしているという事になる。極端な事を書くと、完膚なきまでに相手をボコボコにして「二度と敵対意識を自分に向けるな」と誓わせるか、この嫌な奴と永久におさらばするため全力ダッシュで遠ざかるための神経なのだ。しかし、社会生活を営む上でその両方はできない。路上であった見知らぬ人間ならば走って逃げてもいいが、仕事関係や家庭、学校となるとそうもいかない。逃げられない。「敵をぶちのめすか」、「敵と一生会わないように全力で逃げるか」のいずれかをするのに適した体の状態なのに、それをしないから神経の高ぶりが発散されずストレスとなりストレスが負荷になりその負荷が交感神経に蓄積して自律神経に支障をきたすのだ。それが頻繁であったり毎日ならなおさらのことで、慢性的に体調が悪くなるだろう。

三つめは③背側迷走神経だ。これは最古の自律神経といわれる。動物における「死んだふり、仮死状態」の神経。交感神経でも対処できない時に優位になる。生物の世界は弱肉強食だ。どう逆立ちしてもケンカで勝てない相手に睨まれたら、死んだふりをして危機を脱するしかない。自然界の動物たちはそうしている。顔面蒼白になり、時として失禁することもあるだろう。そして危機が去った時にぶるっと体を震わせて、背側迷走神経にかかった負荷を発散させて何事もなかったように通常生活に戻る。

動物のように、身体を振るわせて神経に溜ったエネルギーを発散出来ればよいが、それがうまくいかないと背側迷走神経に負荷が蓄積する。背側迷走神経が持続的に優位になるとどうなるかというと、自律神経に多大な負荷が掛かると共に、ミクログリアという中枢神経系を守っている細胞に指令が行き、サイトカインが作られて脳内や中枢神経系に炎症が起きやすくなる。さらにセロトニンやノルアドレナリンが減少して鬱症状や易疲労感に繋がる。

人間の場合、背側迷走神経が優位になる分かりやすい例で例えるなら、中学校の時に悪さをした際、竹刀を持った怖い生活指導の先生に怒鳴られ正座をさせられ平手打ちをくらい、腹部に重い前蹴りをくらわされた時(笑)や、警察官に補導された時など。これは、敵対時専用の交感神経どころではない。一瞬で戦意喪失し、顔色がわるくなり、親にバレないだろうかとか、いつ終わって帰れるのかとか、トラウマ級の最悪な時間を過ごしてる状態の時だ。でも、学校の先生や警察官ならばまだいいだろうと思う。というのも例えば、言葉の通じないテロリストに急襲されて銃を突き付けられたりとかの場合は「死」を覚悟した、命が無事のまま解放されるのか本当に終わりのみえない状態となるからだ。まあ、実際にはそのような事は限りなく少ない。旅先でテロにあったり人質になる確率は、変なところにさえいかなければほぼないのではないだろうか。それに、そもそも自分に過失がなければ怖い先生に怒られたり、警察に補導されることもない(笑)

しかし、実生活の中でテロや人質程ではないが、体罰を用いた教育指導に匹敵するか、それ以下でもジワジワ背側迷走神経が優位になるシチュエーションは存在する。それも、自分に過失が無いのに…。

以前書いた「夫源病」がそれにあたると思われる。「夫源病」とは、奥さんの原因不明の体調不良の原因のほとんどが旦那さんにあるというものだ。まあ、「夫源病」とはいっても広義では、全ての対人関係によるストレスからくる、病の事だと僕は認識している。※実際にいい旦那さんが「パンチの効いた」奥さんのせいでメンタルがやられている場合だってある。

「更年期障害」と「夫源病」の症状はよく似ていてそのほとんどが「自律神経失調」で説明がつく。更年期障害はホルモンの急激な減少が原因とも言われるが、ホルモン療法をおこなっても効果がない方は一定数いる。

職場の上司や家の人間、学校など、「逃げられない、中長期的な、結構キツめの対人関係におけるストレス」を日々受けている方は恐らく交感神経と背側迷走神経が高頻度で優位になっているだろう。

イメージするならば、陰湿ないじめや児童虐待だ。児童虐待のことを「マルトリートメント」という言葉で表すことがある。これは「不適切な関り」という意味だ。いう事を聞かないから、気に入らないという理由で暴言を吐かれる、暴力を行使される、浮気や度を越えた飲酒、仲間外れ、無視、嫌がらせ、このようなものすべて、いうなれば「不適切な関り」だ。もしこのような不適切な関りを職場、学校、家庭などで受けているならば、それは必然的に自律神経が乱れて体調を崩す。薬や鍼、刺絡、上咽頭擦過療法などを行ったところで「焼け石に水」で効果はあまり見込めないだろう。なぜならば真の原因は、交感神経と背側迷走神経が優位になる生活にあるからだ。その生活から抜け出るか、自分マターの状態に180度変えない限り恐らく自律神経失調による症状は改善されない。

もし、そのような状態に当てはまるならば少しずつでも遠ざかる準備をした方がよい。線維筋痛症とう難病の方が数カ月の湯治で症状がほぼ緩解したという症例が、永田勝太郎先生著書の「痛み治療の人間学」という本に書いてある。なにも湯治をせずとも、湯治の本質は「悪い環境を変える」とうことにあるのではないかと僕は思っている。人間の細胞は3カ月で入れ替わる。今まで苦しめられてきた憎い敵がいない、新しい環境にて数週間から数ヶ月暮らす事で症状が改善する可能性がある。もし、これで改善したならば不調の原因は人間関係によるストレスということになるのはいうまでもない。