ギャンブル依存症について。

ギャンブル依存は、正式名称ギャンブル障害という。これは個人のクセとか、だらしない人間性の問題ととらわれがちだが、列記とした病気なのである。ギャンブル依存は様々なトラブルを生むが、一番はお金の問題だろう。これは本人のみならずその家族友人の生活や信用にも大きく関わってくる。金額的にギャンブルに興じてもなんら問題はないとされる上限はその人の総収入の1%以下である。しかし、その程度で終わらせるのは難しく、先が見えなくてこれから激熱な展開になるのではないか、ここでやめたら損をするのではないか、この先どうなるのかみたい、というような希望的観測とスリル、やけっぱちの感情などが入り混じったなんとも言えない気持ちでギャンブルに打ち込んでいる方が多いと思う。ある時は手ひどく負けて、またある時は多少の金銭を手にする。往々にして今まで投資した金額以上のリターンを得られている人はほとんどいないのではないだろうか。「分かっているけどやめられない」という言葉がぴったりあう。

なぜそのような行動と思考パターンになり依存症になるのか、それは脳内の報酬系の異常興奮と神経伝達物質とホルモンの分泌異常が起きているためではないかと考えられている。

「依存症」というと、ギャンブルの他にアルコールなども思い浮かぶだろう。なにかにハマるという意味から「嗜癖」(しへき)という言葉がある。これは脳の、腹側被蓋野ー側坐核におけるドパミン系神経伝達を促進する。それにより報酬系活性化に繋がり、刺激ー報酬の学習効果を強化してしまう。これが、やればやるほどハマってしまうという行動における脳のメカニズムの簡単な説明である。これをドーパミンという神経伝達物質が関与しているドーパミン系というが、「嗜癖」はその他にもセロトニン、ノルアドレナリン、グルタミン酸、内因性オピオイドなど様々な神経伝達物質が関与している場合もあり実に複雑だ。なので依存症を簡単に薬で押さえたり、完治させることは出来ない。ただし、回復は見込むことが出来る。

2011年に発表されたギャンブル依存症(病的賭博)の国内推定有病率は男性9.6%、女性1.6%。これは、先進諸国の平均1.5%~2.5%を大きく上回る驚くべき数字である。その中で病的賭博を自覚し、治療しなくてはと気付き病院を受診するまで平均11.8年もかかっている。さらにそれらの方々の平均借金額は982.3万円だという。フリーライターの古川美穂さんは「ギャンブル依存の現状」という手記で次のように書かれている。ギャンブル依存症の方々には共通してみられる二大特徴があると。それは「嘘」と「借金」。総世帯収入の1%以上の金額をギャンブルに使い、その後資金が枯渇して借金をして、金融機関では相手にされなくなり知人友人からお金を借りる。まさかギャンブルの為に使うと言えないから嘘をつく。借りたお金をいつか返すと嘘をつく。多重債務者支援を行う会に寄せられる相談の約半数がギャンブル関連のものらしい…。

ギャンブルというとまず思いつくのはパチスロである。ここでは別にパチンコスロットを批判するわけではないが、出来る限り無縁であった方が良いと私個人は思う。というのも、自分自身も多少なりとも昔経験があるが、パチスロの機械の光、音、演出、場の雰囲気、勝ち負けなど様々な刺激により心身が平常とは異なる状態になってしまうのだ。上記でも述べたが、それにより脳内で神経伝達物質の異常興奮が起きる。それだけではなく、金銭感覚も徐々に狂ってくる。パチスロでは1000円があっという間になくなってしまう。それが当たり前であり、とにかくお金を入れて機械を動かし、現在このゲームが低確率なのか高確率なのか、設定が良いのか悪いのか、勝つ見込みはあるのかを判断しなくてはいけない。それに要する投資額は少ないに越したことはないわけだが、その見分けが難しい。ゲームの状況をある程度把握するために必要な投資なのである。一日かかってプラスマイナスゼロという時もあれば、数万円負けることもある。例え数万円勝ったとしても、人生の貴重な時間とお金と健康を無駄にしていることにその時は気付かない。一日という時間と数万円というお金があるならば、どこかに日帰り旅行に行ったり、高級なレストランに親しい人を招くなどした方が実に豊かで有意義な一日になるのだ。しかし、その時は全くそのようには思えない。パチスロで勝つことが一番うれしくてそれ以外の喜びが薄らいでしまって希薄なものに感じてしまうのだ。その時点で脳内の神経伝達物質の異常興奮が起きている。そしてそれを完治するのはとても難しい。これの何が怖いかというと、脳内の神経伝達物質の異常興奮を起こして人を抜けられなくさせて、私生活に支障をきたすような悪い「嗜癖」の道に誘う入り口がそこいらじゅうに普通にあるということだ。

別に無理やり連れてこられたわけではない。付き合いで店内に入ったとしても遊戯をするかしないかはあくまで個人の自由である。それでも何度か台の前で様々な刺激を受ける事で脳内に変化が起きて依存症になってしまうのだ。そのような機器を設置しているお店が合法的に、日本全国津々浦々にあるのだ。

しかし、ここで言いたいのは人の脳に影響を与えて私生活を乱してしまう依存症、悪い「嗜癖」の道に誘う「機会」は他にもたくさんある。なにもギャンブルだけではない。最近ではゲーム依存、スマホ依存もそれにあたるだろう。しかし、スマホなどのデジタル機器は現代では必須のツールとなりつつあるのも実情だ。小学生でもタブレット学習の他、プログラミングがカリキュラムに組み込まれたり、社会人のオンライン会議も当たり前になりつつある。昨今の世界的なコロナウイルス感染騒動でその動きはさらに加速している。

根本的な事なのだが、デジタル機器もギャンブルも、はたまたアルコールも、依存症になってしまうあらゆる物質やサービスは自分で制御できることを今一度覚えてもらいたいと私は思う。あくまでそれらを選択して使用するのは人間であり、個人。主従関係をはっきりさせること。自分が興じる。「嗜癖」の媒体に興じられるものではない。最近ではAI(人工知能)が人類を上回る、AIに支配されるのではないかという話題もある。人工知能が優秀になる事は大いに結構で素晴らしことではないか。なぜならAIは人間が作ったものであり、必要に応じて人間がAIを使う。「主従関係」という言葉が適切かどうかおいといて、あくまで機器やツールを使用するのは人間であり、個人。やるやらないの選択権は自分にある。

というか、身の破滅を招く程の「嗜癖」にとらわれるくらいなら、いっそ起業した方がいい。広告や商品、サービス開発に投資するのだ。その方がよほど健全である。リスクもあるがギャンブルに比べたら価値のあるリスク。利益が出た時の喜びはギャンブルのそれを容易に上回るだろう。それでもどうしても悪い「嗜癖」に興じたいならビジネスで成功して誰にも迷惑をかけないで心ゆくまで楽しめばいいではないか。でもたぶんそこまでの成功を収めるまでの人間になったら、時間とお金と健康の大切さを知っているだろうから恐らくその「嗜癖」からは卒業できるはず。

この世界は広く、まだ見たことがない景色や体験したことがない事もたくさんある。自分の人生が豊かになる良い「嗜癖」ならばよいが、自分や周りが不幸になるような悪い「嗜癖」に費やすお金も時間もない。人生は有限である。もっと外に目を向けるべきだ。でも、上述したような事はまだギャンブル依存症一歩、二歩手前のような状態のまだ割と容易に改善できる人向けのことであり人によっては「詭弁」のように聞こえる人もいるだろう。本格的な依存症の方は医療機関でのきちんとした治療とカウンセリングが必須となる事はいうまでもない。

月刊保団連2013No1138ギャンブル依存症と医療より一部抜粋

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